激闘の末に結ばれた男と女を乗せて走っていた。

私は馬だった。

馬の体は、二人を祝福する薔薇色だった。

二人を乗せて、なるべく遠くへ

行かなければならないと思った。

ハネムーンのために。

最初は、赤白黄色桃色と、

小さな花が咲き乱れた草原を走った。

サファイア色の湖面が臨める。

二人が背中で喜ぶのを聞いて、私は嬉しかった。

その頃私は、確かに軽やかに駈ける馬だった。



しばらくして私は、

どこか相応しくない場所へ迷い込んだ。

アスファルトで舗装された道、

葉ばかりになった桜並木、

たくさんの運動着を着た中高生たち。

彼らは通りすがる度、私達に気付く度、

囁き合い時にこれ見よがしに笑った。

「見ろよ、四つんばいになって走ってる」

「人をおぶっているみたいだぜ」

私は馬の歩調を保っていた。

初めは聞かないようにもしていた。

しかしついに疑念にとらわれて

自分の前脚を見下ろすと、

歩調ばかり馬と同じの、人の手の平がそこにあった。

途端に背中の二人が重くなった。

けれど私は二人が好きだったから、

何としてもどこかいい場所へ連れていってやりたかった。

それがどこなのか分からなかったが、

着くまでは決して二人を降ろすまいと思った。

いつか私は人の姿になっていた。

周りがあまりに笑うから、

四つばいに耐えかねたのだ。

背中にはまだ人を負っている。

と言っても首に腕を巻き付けるそれが、

人なのかはもうわからなかった。

私の好きだった二人は、知らないうちにひとつになり、

今は鈍色に光るのっぺらぼうの塊になっていた。

それでも私は塊を背負い続けることを望んだ。

そして相変わらず、どこかを目指した。

周囲の嘲笑を聞かぬふりしながら。

 

私はまだ少しだけ軽やかに走れた。

高い塀を飛び越すこともできた。

その脚力で一気にこの場を走り去ればよかったのに、

その前に堪忍袋の尾が切れてしまう。

相手は髪を短く刈った少年で、

他の人間と同じに、物をおぶって走る私を笑った。

私は彼の胸ぐらを掴んで道路に叩きつけ、

怒りに任せて顔面を殴り付けた。

私にはまだ馬の力が残っていて、

何発も怒りのまま殴り付け、

気が付けば少年はぐったりしていた。

死んだのかもしれなかった。

仲間の少年たちが彼に駆け寄って、騒いだ。

 

姿が見えなくなっていた私は、

誰にも知られずにその場を離れた。

人を殴ったりしなければよかった。と、

一人私は絶望した。

鈍色の塊はまだ私の背中にぶら下がっていた。

 


              
                                     2006/12/21 

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